第1話 誰が悪いってこともないのに悪になってしまう学校?




先生、ちょっと事務室に来てくれる?

いろいろと手続きの書類に印鑑が欲しいの。

 

事務職員さんに呼ばれて、僕は事務室へ行った。

印鑑をおさなければならない書類がたくさんあるのです。

  • 年金に関わるもの
  • 退職金に関わるもの
  • 組合を脱退する関係のもの

などなど…

 

たくさんの組織から僕の名前を除外するための書類です。

浅はかかもしれないが、

僕はこの時、改めて社会に守られて生きてきたことを知ったのです。

いわば、社会のはみ出しものになることが決定される書類なのです。

本当にそんなことをして生きていけるのだろうか?

家族もあるというのに…。

すでに公立小学校の教諭を退職することを決断しているとはいえ、

印鑑を押す手は震えました。

でももう、後戻りはできません。

 

 

えっ?なんで退職してしまうの?

教員の仕事というのは、

きっと一般企業の方からすれば、羨ましいほどの待遇であり、

それなりに忙しいものの、僕にとっては楽しい仕事だったのです。

 

だったら辞める必要もないじゃん。

 

そう言われるかもしれませんが、

なんだか悪事を働く

秘密の組織の一員のような気がしてならなかったのです。

 

 

何やて? 学校が悪事を働く秘密の組織?

もちろん、どの先生も一生懸命で、

本当に良い人達に囲まれて仕事をさせて貰ったなぁと思います。

だれも悪事を働こうなんて考えてもいません。

勉強が苦手な子どもがいれば、

勤務時間なんて無視して、

下校が遅くなることを保護者に連絡してまで、

一生懸命に指導される先生方ばかりです。

 

報道などで学校に関わるニュースを知ることもありますが、

そんな学校とはほど遠いくらい、

僕が勤務した学校は素適だったのです。

 

でも、それが悪事になることだってあるのです。

その頃、僕はこんなことを漠然と考えていました。

 

何のために教育があるのか?

あまりにも壮大な疑問です。

この疑問に的確に答えることも難しいかもしれません。

まぁ、いい加減に答えるとすれば、

幸せになるためとか、

自分のしたいことを実現させるため…

というくらいのことは言えるかもしれません。

 

じゃあ、幸せって何なんだ?

  • 安定した収入があることなのか?
  • 人間関係が円滑であることなのか?
  • 健康的であり安全に過ごすことなのか?
  • 自分の夢を叶えることなのか?

教員になる人のほとんどは優秀です。

学校の先生に憧れて、教員免許が取得できる大学に行き、

見事に採用試験に合格された方が、先生になれるのです。

 

本当は、税理士になりたかったけれど、

それは厳しいから諦めて、

しゃーないし、学校の先生をしています。

なんて方はほとんどいません。

 

つまり、多くの先生方は、

いつか先生になりたい!という夢を実現された凄い人ばかりなのです。

ところが…

 

 

あなたの知っている先生は幸せそうですか?

実は職員室の会話は結構大変な会話が多いのです。

「あぁ、やっと金曜日になりましたね。今週も大変だったなぁ。」

「仕事は増えるばかり。休日は試合の引率があるし…」

「この週末に運動会の提案考えないとアカンわ。いつ休めるの?」

「来月の研究授業の指導案書いてきてね。」

こんな調子ですから、

相当要領よく仕事をしないと、休日を丸ごと楽しむことはできません。

休日も仕事をするのが、当然の文化がありました。

で、

結局、常に疲れ切った状態で授業をする。

これが日常化されているように思うのです。


仕事なんだからそれくらいしろよ!

しかも、良い給料も貰っているんだろ。

みんなの税金が収入になっているんだぞ!


そんな声をも聞こえてきそうです。

でも、ここに僕は大きな矛盾を感じるのです。

その矛盾とは…

 




 

夢を実現させた人が全然幸せそうじゃないってこと。

たくさんの給与をいただいているし、

体制的にも一般企業と比較すれば本当に守られています。

経済的な不安もありませんから、

この状況はとても幸せなのかもしれません。

でも、僕には多くの先生が幸せそうに見えなかったのです。

教育委員会の偉いだろうと思われる人も大変そうに見えました。

 

実際、先生同士がオフの時に会って話をすると、

大変なことをお互いに言い合うことが多いのです。

もちろん、僕もそんなことを散々言ってきました。

 

でも、それって単純におかしいことです。

真面目に勉強をしてきて、

なりたい職業に就いたにも関わらず、

「大変だーーー!」って言っている先生が、

「勉強しなさい」

「学力が大切だ!」

と言って、夏休みなどにはどっさり宿題を出すのです。

もっと、短絡的な表現をされる、先生なんかは、

「勉強をしないと進学できないし、仕事にも困るぞ!」

ってバカな脅しのようなこと言われるのです。

 

幸せになるために教育が必要だとするならば、

幸せを感じている人が、

その過程について教えていく…。

これがごく普通の考え方じゃないの?

大変だ!大変だ!って言っている人から、

もっと大変になることを言われて、

やる気が起きるのでしょうか?

 

自分は上手に文字を書くことができないけれど、

書道教室をしていますって方から、

書道を習いたいでしょうか。

 

先生という仕事は大好きでした。

けれども、当時の僕ができる教育というのは、

進学して真面目にやってれば、

公務員くらいにならなれるよ。

その程度のものだったのです。

そんな子どもばかりだったら、

教壇に立ち続けてもよかったのでしょう。

 

ところが、そんな子は少数派です。

子どもの夢ってもっともっと大きなもので、

格好いい側面もあれば、

とんでもないほどリスキーなものが多いです。

 

そんな子どもに、

果たして本当に価値のある指導ができるのだろうか?

ストレートで先生になった訳でもないのですが、

こんなことを考えると、

僕が教壇に立って、勉強をしろ!学力だ!というのは、

知らず知らずの間に、犠牲者を出すことになる!

そう感じたのです。

いや、正確にはそう感じてしまったのです。

 

この考え方が正しいのか、

間違っているのかすら分からないけれど、

自分に嘘をついてまで、

生活があるからといって、

お金のためだと割り切って仕事をすることはできません。

そんなことを考えていました。

 

 

こうして理屈を並べれば格好いいかもしれません。

でも、僕は退職するにあたって、

何か他の就職先を決めていた訳でもなく、

膨大な資産をもっている訳でもありませんから、

手が震えるほど生きることに不安を感じていました。

 

慰め程度にあった思いとしては、

まぁ、自分のしたいことで仕事にならないのであれば、

塾でバイトでもして食いつないだらいいやろう。

その程度だったのです。

 

本当の幸せって何なのか?

今のままでは絶対に良くないって思いで退職をしたのに、

さらに悲惨な状態になるなんて、この時は思いもしなかったのです。

 

(次回に続く)

 


誤解を避けたいので、一言。

こういう考えを書くと、渋谷は勉強を必要ないと思っていると

捉える方もいらっしゃいます。

後々、詳しく触れていきますが、

勉強することはかなり重要だと思っています。

多分、この思いは相当強いものだと思います。

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記事を書いている人

渋谷 浩一郎
渋谷 浩一郎地味にコツコツ事業を伸ばす物書き屋
理想の実現、事業を伸ばすのに重要なものは「想い」
Webの活用でも、何を発信するかが重要。
あなたの想いを引き出し、目に見える形にするのが得意。
ビジネスを伸ばすセッションは、ヤバい!が連呼される。
現在、建築メーカー冊子の連載・WordPressで想いを伝えよう!グループを運営する他、朝6時から生徒と一緒に勉強をするなど独創的な取り組みを行っている。