子どもも大人も挑戦したらええ!

あなたのために言っているの!実は大人が気づきにくい落とし穴!

2017/09/23
 
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「気持ちと言葉でビジネスが変わる」という発想を教える人。教諭からビジネスの世界に入り、ツールや方法をメインにするな!と強く感じる。気持ちが変われば言葉が変わるからだ。【愛するもの】WPで想いを発信しているグループのメンバー・自作のベーコン・懇親会




「あなたのために言っているのよ!」

「あなたの将来のことを考えて…」

こんな言葉は、あなたも耳にしたことはあるでしょうし、

子どもに言ったこともあると思います。

 

私もこれまでにたくさん言いまくってきました。

しかし!子育てについて真剣に考え、自らも様々な活動をされる、

ある税理士さんがとても大切なことを教えてくれました。

 

 

この前、来賓として卒業式に行ったら怖かったです。

突然、こんなことを言われました。

 

全ての学校がそうだとは思いませんが、

「卒業式って怖いもんですね。」という声は耳にします。

実際、私も恐ろしい雰囲気を感じました。

こんなことをいうのは勇気がいることですが、

素直にそう感じたのです。

 

教員として、小学校で毎年その風景に触れていると、

この感覚は麻痺するのかもしれません。

私は、実際、怖いものだと感じたことはありませんでした。

 

ところが、理由を詳しく聞くと、

確かに「超恐怖の場」だと思いました。

 

卒業式が怖い場となってしまう理由とは?

本当はめでたい席なのに、

参列した方が「怖い」と感じるのは、とても残念なことです。

なぜ、そんな印象を与えてしまったのでしょうか。

それは、学校側もなかなか気づきにくい部分にあるのです。

 

少し動いたらダメ、姿勢が乱れてもダメ、同時に立たないとダメ…

ダメ・ダメ・ダメ…の嵐です。

 

実は、先生も保護者や来賓の評価が気になるので、

なんとか「ビシッ」としている感を出そうと頑張ります。

この空気感が怖さをさらにかきたてたようです。

 

私も指導する時には、やいやい言ってきました。

ところが、その渦中にいると、

それがどんな意味があるのか考えずに、当たり前になってしまうのです。

ここに疑問を感じた子に対しても、

「普通そういうものだから…」という対応をしてしまったのです。

 

本当は、ただ、周りの人に「ピシッとやっているね。」と

言われることを求めていたのだと思います。

この本音の部分を言わずに、子ども達をその枠に入れるために、

「あなた達のために言っている!」と叱っていたように思います。

 

 

でも、式典の礼儀やマナーを覚える良い機会でしょ。

自分自身、そう考えたことはあります。

もちろん、こうした儀式で学ぶことはたくさんありますが、

やりすぎると、一番大切なことを忘れてしまいます。

 

実際、こんなことを言っていた子どもいます。

卒業式終了後に、

「先生、これでもう卒業式の練習もないし幸せ!」

彼女は、卒業式の言葉で、「優しかった先生方…」と言いながら、

ただ、式に耐えていたのでしょう。

ここをもっと深く考えれば、嘘をつくことを教えたことにもなります。

 

全員がタイミングを揃えて立ち、

ズレたらタイミングを合わせる練習をする。

お辞儀の角度も指導する。

子ども達が話す言葉は、先生が決める。

 

卒業式にはこれほど、様々な指定があるのです。

それでも、

気持ちを込められる余裕のある子どもにとっては、

それなりの価値ある式になるかもしれませんが、

 

「いつ立ったら良かった?」「どうしよう…」

って子どもにとっては、間違えたら叱られる場でしかないのです。

 

そうなってしまうと、

一番大切な「心」が置き去りになってしまいます。

子育てについて熱く語る税理士さんは、

こんな問題点を敏感に感じて「怖い」と表現されたのだと思います。

 

 




 

学校の先生は嘘つきや!

また、ある子は卒業式の練習で、

「主役は君たちだ!君たちの卒業式だからピシッとしなさい!」

と、言われたそうです。ここにかなり矛盾を感じたようです。

 

彼の考えはこうでした。

本当に自分たちが主役の卒業式にするならば、

歌う曲も言葉も自分たちで決めるべきではないか!

ほとんど決められたことをこなすだけの式なのに、

主役と言われても全く実感がない。

 

そうじゃなくて、

地域の人や来賓、保護者が主役であって、

その人たちに成長した感じをアピールする式であって、

先生だって本当はいい格好をしたい。

これが本音じゃないの?

 

先生もそう言ってくれたら、

「ホンマやなぁ…それなら先生のためにビシッとやろうか。」

って思えるのになぁ…などと話していました。

 

 

では、大人の卒業式などはどうでしょうか?

大学の卒業式や何かの資格取得のために通った学校の卒業式は、

立ち方やお辞儀の角度まで指定されることはありません。

それでも、心に残る恩師の周りには人が集まり、

みんなが感謝の言葉を述べたり、

お互いに激励の言葉を掛け合ったりしているものです。

 

また、卒業式ではありませんが、

素晴らしいスピーチが発表されたような会場では、

思わず聴衆が立ち上がり、拍手喝采が起きます。

 

見栄えは、決して綺麗だとは言えませんが、

私はそれくらいバラバラであっても心温まる思いがするのです。

 

「怖い」と感じるほどの卒業式、またはその練習。

そこに気持ちが忘れられているのが残念なのです。

大人になってからもあれほどビシッとする場は、ほぼありません。

 

で、あの重圧に違和感を感じた子どもたちは、

「自分がダメなんだ」と思い、

そこまで指導しきれなかった担任の先生も

「指導力が足りませんでした」と、自分を責めることになります。

 

形だけにとらわれると、こんな問題を抱えるのです。

 

大人ももっと素直であっていいと思います。

「あなたのために言ってあげているのよ」

この言葉は、果たして本当に「無償の愛」として言えているでしょうか?

 

「あなたのために…」

この言葉の裏側には、

「あなたの息子さんは、賢くていいよね。」

「お嬢さんは、いい会社に就職できたそうね。羨ましいわ。」

こんなこと言われることを、密かに願っている自分がいるのかもしれません。

 

無理に「あなたのために…」って言わなくても、

「お母さんも、あなたの勉強のことで一回自慢したいわ!」

って表現する方が、うんと伝わるはずです。

(本当に自慢したいと思うのであれば…)

 

大人が素直になれば、びっくりするほど子どもは変化します。

その深い意味はお会いした時にお伝えします。

それほど、重要なことなのです。

 




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