子どもも大人も挑戦したらええ!

学校には矛盾がたくさんあるからセンスのいい子が迷ってしまう?

 
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「気持ちと言葉でビジネスが変わる」という発想を教える人。教諭からビジネスの世界に入り、ツールや方法をメインにするな!と強く感じる。気持ちが変われば言葉が変わるからだ。【愛するもの】WPで想いを発信しているグループのメンバー・自作のベーコン・懇親会

時代の変化がますます大きくなっている感じがします。

実は私のところにも、「私はこう考えるのだけど、学校の対応がこうですから、この後なんと言って行けばいいですか?」という質問に来られる方もいらっしゃいます。

少し前までは、「学校が言っていることだから仕方がない」って風潮もあったのですが、少しずつ学校の価値も変化しているように感じます。

では、なぜ学校の価値が変わりつつあるのでしょう?

そして、これから私たち親は、どんなことを大切にして子育てをしたらいいのか考えてみたいと思います。

 

センスのいい子が混乱する要因は、画一的な「人権教育」という看板だ!

 

教育の中でも、人権教育は特に大事だ!

生まれた国や男女、障害の有無によって人は差別されるものではない。

教師になった頃は、こんな話の研修が山盛りありました。

もちろん、年数を経てからも年に何度もこうした人権教育の研修が行われました。

もちろん、この考え方に異論はありません。

ただ、人権教育なんていうととても難しいように感じますから、簡単にしておきたいと思います。

 

もう少し人権教育の考え方を簡単に説明すると…

例えば、近年ならたくさんの中国の人が日本に訪れています。

中国の人と言えば、「爆買い」という言葉が連想されますが、日本に訪れた中国の人全員が「爆買い」をする訳ではありませんから、

中国人は爆買いをする。

と言った見方は、正しいものの見方ではありません。

正しい見方は、

中国から日本に来た人の中に「爆買い」をする人がいる。

になるでしょう。

つまり、その人がどのカテゴリーに分類されようとも、その人自身の行動や考え方を見ようとする目が大切だという考え方が重要なのです。

もちろん、先生方もこうした視点で、人権教育の授業を熱心にされていました。

問題は、人権教育の授業の中では、中国人は爆買いするという見方は絶対に許されない!と教える事です。

 

ところが、遠足なんかに行くとどうでしょうか。

電車に乗る前なんかには、「電車のマナーは知っているよな。マナーを考えて行動しよう!」と言います。

ところが、ヤンチャな子どもは、電車の中で大きな声で騒いだり、席を譲ろうとしなかったりします。

先生はだんだんとイライラしてきます。

そして、何度かの軽い注意を経てもその子が行動を改めなかったら、爆弾が投下されます。

「お前一人の行動で、ここの学校はマナーが悪いなぁって思われるやないか!」

言葉は違っても、こうしたニュアンスのお叱りの言葉はあなたも耳にしたことがあるはずです。

 

反対に、素晴らしい行動をした子どもがいて、地域の方が校長先生のところに「こんな素敵な子どもが居て本当に嬉しかったんです。」と言いに来られると、校長先生は上機嫌です。

そして、次の全校集会などで、

「こんな素晴らしい行動をした人がいます。地域の方にもいい学校ですねと言われて校長先生も嬉しいです。」

あなたは、子どもが混乱する意味がわかったでしょうか。

ある時は、一人を集団としてみることは絶対に行けない!と言いながら、ある時は、一人の行動と集団とを混在させているのです。

 

 

個人情報の取り扱いについても不思議な事があります。

画像クリックでこのページに行きます

 

先日、息子が嬉しそうにベネッセのパンフレットをもって帰ってきました。

どうやら学校で配布されたようで、その中身をみると様々なジャンルの名著が掲載されており、ハガキを出せば希望する1冊が必ずもらえるというものでした。

また、兄弟がいたらその子の希望を書けばもう一冊もらえるという太っ腹な企画です。

ビジネスをされている方なら、これがどれだけ優れた戦略かもうお分かりかと思います。

住所や電話番号、学年が分かる上にその子の好みが分かるわけです。

実際、どんな戦略でセールスが行われるかは分かりませんが、

スポーツ物を選んだ子どもには、勉強もスポーツのようにベネッセの教材を使うと結果が出る!

説明的な本を選んだ子どもには、ベネッセの教材がどれだけ優れているのかロジックに伝える。

こんな事だって可能になる訳です。

住所や電話番号以上に重要な事まで、筒抜けなわけです。

 

では、この筒抜け状態は悪なのか?

こうした疑問は感じられるところですが、プライバシーがほぼない状態にするからこそいいというものがあります。

例えば、

警備会社のセキュリーシステムは、いつ家を出て、いつ帰宅したのか筒抜けです。

また、このページのどこかに掲載されている広告も、あなたの好みに合わせてGoogleが表示してくれています。

老人介護の分野で言えば、ベットにセンサーがついており、動きが監視できるからこそ健康状態が分かる。

と言ったものまであります。

 

セキュリティーシステムの契約をする人は、帰宅時間などを知られる事よりも留守中に何か問題がある事の方が問題だと考えた人なのです。

個人情報を提供するからこそ得られるものが、どんどん大きくなってきたように思います。

この動きはこれからもどんどん加速されていくだろうと思います。

 

一方では、頑なに電話番号の取り扱いに膨大な時間をかけているのに、一方では、個人の好みまでが丸裸になっているのです。

きっとセンスのいい中学生は、ベネッセのこの企画を見てそんな事も何となく感じたはずです。

 

それにしても、ベネッセのこうした企画の案内を公立の学校が配るのはなぜでしょうか。

それなら、うちも配らせてくれやー!なんて声も聞こえてきそうです。

 

では、これからの子ども達に何を伝えて行けばいいのか?

こうして、矛盾に目を向けてきましたが、全てを画一的にする事ができないという事です。

人権教育だって「必ず個として見て行こう」という見方では、全く対応できない場合もあります。

個人情報も、画一的に「電話番号を聞かれても答えては行けない」では、管理できないのです。

学校給食の牛乳だって、賛成の声もあれば大反対の声もたくさん挙がる時代になったのです。

 

つまり、単純に成績がよければ大丈夫という時代は終わっているのです。

成績がいいからこそより良いと言えるケースも考えられるし、成績はいいけれども仕事には使えないという事もあるのです。

では、何が重要か?

 

自分で判断して、自分で行動して、失敗をする。

これは誰もが当たり前の事だと思っているかもしれませんが、大人は子どもが失敗するのを見るのが怖いんです。

成績が下がってきたら、「勉強しなさい!塾にでも行きない!」って言ってしまうものです。

けれど、

ここでいくつかの例を挙げたように、社会は私たち大人が思っている以上に多様化されているのです。

大事なのは、言われた事を確実にする能力よりも、言われた事を「する・しない」を自分で選択する力をつける事です。

それも、たくさんの失敗をして、痛い思いをしないと気付かない事がありますから子どもにはたくさんの失敗をして欲しいなぁと思っています。

 

夏休みの自由研究、先生は好きな事を研究したらいいって言うけれど、

何か賞を取ろうと思うんだったら、自分の好きな事を研究するよりも、宇治茶の研究をした方がいい気がするなぁ。

次男がこんな事を言っていました。

どこでそんな風に感じたのかは分かりませんが、子どもは大人社会をよく見ているなぁと感じるのです。

そう言いながら、彼の自由研究はリコーダーで米津玄師の曲を吹く事だそうです。

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